[お嫌いですか、ロボットは?#51] シンプルこそ美しい? あれこれ機材に凝るよりも
――いらっしゃいませ。
マスター元気? いやあ、今週もほんと疲れたわ。
――おや? 今夜はご機嫌ですね。何かいい事でもあったんですか?
いや、そうじゃないんだよマスター。いやね、朝ネットを見てたら、今日は「カーペンターズの日」だっていうんだ。クルマで外回りしてた時にラジオを付けたらカーペンターズ一色でさぁ。懐かしくなって、ついつい鼻歌交じりに歌ってたら気分良くなってさ。バックミラーで後ろのクルマを見たら、運転してた同年代の女性も歌ってたから、多分同じラジオを聞いてたんだろうねぇ。
――いつものでいいですか? ジャックソーダで。
うん、頼むわ。レモンをぎゅっとしぼってね。えっと、今夜のおすすめは「シラスと芽ひじきの和風ペペロンチーノ」かぁ、いいねぇ。ここのところしばらく涼しかったけど、季節はいよいよ夏だねぇ。パスタを和風に仕立てるって、イタリア人が知ったらびっくりするだろうねぇ。絶対に知らないと思うよ、日本人がパスタにのりを振りかけたり、明太子やたらこを乗せてるって事を。和風だしの吸い物を付けて店で出してるって知ったら、驚くだろうなぁ。驚くって言えばさぁ、ウチにペーパードライバーの若い衆がいるんだけど、初めてクルマを買ったって言うんだ。結婚したてで、身重の奥さんの実家が岐阜の山奥なんで「練習して運転できるようになる」って張り切っててさ。やさしい、いいヤツなんだよ。いいヤツと言えば思い出すよ、小川精巧の案件を。社長を含めてたった7、8人の会社なんだけど、人がいいヤツばかりでさぁ。オレが納めたロボットを、ホントよくかわいがってくれてるんだよなぁ……………。
小川精巧は、大阪の天六(てんろく)、天神橋筋六丁目駅近くの住宅街に立つ、これぞ町工場と言える部品加工屋だ。天六と言っても、大阪や関西に住む人以外はなじみがないだろう。JR大阪駅、つまり梅田から直線距離にして2kmも離れていないところにあって、天神橋筋六丁目駅は地下鉄が2系統と阪急が交わるターミナル駅だ。大阪のど真ん中だが、天神橋一丁目から天神橋六丁目まで、南北2.6 kmに600の店が軒を連ねる日本一長いアーケード商店街でもある。商店街の周りは、すっかり下町の住宅が広がる。
東京にたとえれば、東京駅から永代橋の手前、むかしの山一ビルがあった辺りまで、名古屋で言えば、名駅から丸の内を超えて錦三丁目の手前、東海銀行本店、今の三菱UFJ銀行名古屋営業部あたりかな。そこに全長2.6kmの商店街があり、周りを住宅が取り囲んでいるとイメージすればいい。都会中の都会に、ひっそりと佇(たたず)むのが小川精巧だ。
祖父の代から鋳物部品の木型作りをしていたが、今は樹脂部品の加工をメインにしている。夕暮れになると、近所から夕飯のおかずのにおいが漂うが、小川精巧の周りだけは、ほんのりとプラスチック原料のにおいがする。
工場の中は、旋盤やマシニングセンタが所狭しと並び、それぞれの機械を担当する社員が、機械の間を縫うように、機械の前に立つ同僚を巧みにかわしながら、忙しく作業を続ける。
社員1人1人が加工技術者で、それぞれがNCプログラムの作成や、新規で受注した試作品をどう加工するかを考える、いわゆる高付加価値の業務を担っている。こうした仕事の合間に、割とロットが多い、逆に言えば工賃の安い部品の加工も担う。
機械に部品の元となる材料(ワーク)を取り付ける単純なワークセット作業は、単価の高い高付加価値業務に費やす時間を減らしてしまい、会社全体の生産性を低下させる原因になっていた。小川社長はずっとそこが気になっていて、ヒマを見てはどうやったら生産性を上げられるかを考えていた。
「ロボットを入れるぐらいしかないか……」と思ってたところに、機械商社時代から付き合いがあったオレが、「近くに用事があったから寄っちゃった……」と、ひょっこり顔を出したってワケ。
「ふ~ん、社長ロボット入れるの? この狭さだからさぁ、協働ロボでも入れる?」と、その場を引き取って、提案書を書くことにした。