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2021.12.15

世界一のソリューションをどこよりも安く【前編】/日本惣菜協会 荻野武AI・ロボット推進イノベーション担当フェロー

日本惣菜協会が、ロボットシステムの普及推進に乗り出した。総菜業界では自動化の意欲は高いが、まだまだロボット導入が進んでいない。このミスマッチを解消するため、協会主導のもと多数の企業が集まり、中小企業でも導入しやすい総菜工場向けの人工知能(AI)・量子コンピューター・ロボットシステムを共同開発する。「成功の鍵は、One for all, all for one(ワン・フォー・オール、オール・フォー・ワン)の精神で、競合企業同士が協調領域ではしっかりと協力しあうこと」と同協会の荻野武AI・ロボット推進イノベーション担当フェローは語る。

求められるAI・ロボット

――まず、日本惣菜協会の中に「AI・ロボット推進イノベーション担当フェロー」という役職があることに驚きました。惣菜製造の業界では、人工知能(AI)やロボットの活用は以前から盛んなのですか?
 近年、ニーズが非常に高まっています。協会で2020年に、会員にアンケート調査をしたところ、66%が「労働力の確保が課題」と回答し、労働力不足の改善策として今後検討する事項では70%以上が「機械化の推進」と答えました。しかしニーズは高いのですが、まだまだロボットの導入は進んでいません。そこで導入を促進するため、経済産業省のプロジェクトで総菜製造業のロボット・AI化の取りまとめをしている私が、協会のAI・ロボット推進イノベーション担当フェローという役職を拝命しました。

――以前は別の組織でAIやロボットに携わっていたのですか?
 元々は日立製作所の技術者でした。中央研究所でアナログ・デジタル信号処理や、半導体、撮像素子などさまざまな研究をし、その研究成果を事業に反映させるため事業部門も経験しました。国内や米国のシリコンバレーで複数の事業を立ち上げ、その中でAIやロボットを活用することもありました。日立には30年以上いたのですが、「人の幸せは食から」と確信し、16年にキユーピーに転職しました。キユーピーでは調味料をはじめ、ベビーフードやサラダ・総菜などを大量に製造しており、合理化のための多くのAIやロボットを活用したシステムを開発しました。例えば、カットしたジャガイモの変色部を検出して取り除く「AI原料検査装置」もその一つです。キユーピーは協会の賛助会員でもあるのですが、全国の惣菜製造企業が多くの困りごとをお持ちであることが分かり、その課題解決に貢献すべく協会に転職しました。

――新型コロナウイルス禍で外食が減り、その分総菜の需要は増えていると聞きます。
 総菜の市場規模はコロナ禍以前から増加傾向にあり、近年は10兆円を超えています。コロナ禍で、需要の増加にさらに拍車がかかった形です。また、外国人の労働者や技能実習生の多くは帰国してしまったため、人手不足はさらに深刻になりました。協会には会員が630社おり、正会員は370社なのですが、その大半は中小・零細企業です。人手を急速に増やすことも難しいため、ロボット導入のニーズは高まるばかりです。

導入の高いハードル

導入が進まない理由の一つは高価格であること(荻野フェロー作成の資料より)

――ロボット導入がこれまで進んでいなかった理由は?
 一番はコストでしょう。作業者一人分の作業を担うロボットシステムを一から設計して開発すると、2000万円ほどかかります。投資回収までの期間を計算すると、およそ10年です。これは技術的に既に確立されているシステムを構築する場合で、食品を扱うロボットシステムでは新規の技術開発が必要なことも多いと思います。そうなると、われわれの試算ではシステムの総額は4000万円ほどになってしまう。これでは投資の回収まで20年はかかり、中小・零細企業ではとても導入できません。この問題を解決するためには、現状のロボットでも導入できる「ロボットフレンドリー」な環境づくりや、ロボットへの要求仕様を緩和すること、開発コストを複数のユーザーで担うことなどが必要です。

――他にハードルは?
 中小・零細の総菜メーカーにはロボットを扱える技術者がいないので、導入しても運用が難しいこともハードルになっています。機械の制御に関する知識があれば、ロボットの扱いを覚えるのも難しくないと思いますが、総菜メーカーにそういった人材はあまりいません。これは、ロボットが普及している自動車業界や電機業界と異なるところだと思います。スマートフォンや家電製品のように、簡単に、感覚的に使えるものでなければ、総菜業界に浸透させるのは難しいと思います。こういった課題を解消することで総菜業界にロボットシステムを広め、労働力不足の解消や生産性の向上に貢献できればと考えています。

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