生産現場のロボット化と自動化を支援するウェブマガジン

2022.02.04

連載

[お嫌いですか、ロボットは?#42]「チッキ」を知るのは60代? チェキなら知ってるけどね(中)

きらびやかに輝く都会の片隅にたたずむ1軒の老舗バー「王道」。
システムインテグレーター(SIer、エスアイアー)の次長・たにがわじろう行きつけのバーで、酒を酌みながらふと思い出す昔ばなし。酔った勢いで、他では語られない業界の裏話はまさに実話? アブナイ話も所詮は酔っ払いの戯れ言。悪しからず。

■たにがわじろう……SIerの次長。機械商社で産業用ロボットを導入した自動化の経験を買われ、10年前に新設されたSIerにヘッドハントされる。入社以来ずっと次長のまま。52歳のバツイチ。

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――いらっしゃいませ。
 マスター元気? いやあ、今週も疲れたわ。

――相変わらずお疲れのようですね。大丈夫ですか?
 まぁね。ウチもとうとう、東京支社勤務の社員がコロナになっちゃってさぁ。支社の連中全員を在宅勤務にしたら、東京支社への電話が全部こっちに転送されるワケよ。「03」とか「045」とかの知らない電話番号の会社からいきなり「あのさぁ」って話されても「どちら様ですか?」としか言えないのよ。「支社の電話は現在、本社に転送されておりまして……」と言いながら東京支社の顧客リストをめくって、それと思しき会社の履歴をたどるんだけど、なかなか要領を得なくてさぁ。参っちゃうよなぁ。

――いつものでいいですか? ジャックソーダで。
 うん、頼むわ。レモンをぎゅっとしぼってね。えっと、今夜のおすすめはっと。あっ! そう言えば先週、なんか頼んでたよね。マリネ? いや、マリノ? マリナーレ? 何だっけ? それちょうだい。今日から立春だねぇ。心なしか、寒さも大人しくなった気がするね。気温は変わらないみたいだけどさ。北風だって、なんか遠慮してる気がするもんなぁ。やっぱり何でも「気」が大事だよね。「これからあったかくなるぞー」って、気がするもん。えーっと、先週何かの話の途中だったよね。何だっけ? あっ、そうそう。学生のころバイトしてた広島県合同貨物運送、通称「ひろごう」の話だったね。開店休業状態の宅配便の話だったなぁ……………。



 あれはオレが、大学の2年だか3年のころだっけなぁ。1990年ごろだったと思うよ。昭和天皇が亡くなり、大喪の礼とかがあった翌年だったと思う。まだバブル景気の真っ盛りで、どこも人手不足だって言われてた。

 今の学生には信じられないと思うけど、当時の学生バイトの時給は、今と変わらず900円以上がザラで、50を過ぎたこのオレだって時給900円以下のバイトなんてしたことないもん。頭のいい、有名大学に通う学生は家庭教師で、大学のランキングに応じて時給2000円とか1500円プラス晩飯付きを選んでたけど、デキの悪い学生は身体と体力を使ってより高い時給を目指した。探した先が、時給1000円を出した、広島県に本社を置く広島県合同貨物運送、通称「ひろごう」の名古屋営業所だったんだ。

 あまり知られていないけど、国営企業として設立された日本通運は別として、大手の運送会社は地方に本社を置く会社が多い。新聞社と同じように、第二次世界大戦中に国策で、運送会社を地方ごとにまとめて一つにしたんだ。限られた燃料を効率良く配給するためだったんだろうね。「〇☓合同」とか都道府県名が付いた社名は、その頃からの名残でもある。「戦前から長年営業してます」という、まあ信用の証みたいなもんだね。

 運送会社の支店や営業所で働く人って、本社所在地で一括採用され、各地の拠点に送り込まれた人が多い。ひろごうの名古屋営業所も、所長以下のほとんどが広島や隣の岡山や山口出身者で占められ、名古屋で現地採用された人はごく一部。名古屋にありながら、営業所内は広島弁が社内公用語。食堂の味付けや習慣を含め、まるで治外法権の大使館、大都市にある道府県事務所みたいなもんだ。本社との電話のやり取りはもちろん、大阪や東京の支社や営業所とのやり取りも、基本は広島弁だ。

 「ほーか。じゃけぇ、そう言ぅとるじゃろーが!」「んなぁ荷物は見とらん! 見とらんけぇ、配達もしよぉーらん」。こんな会話が、あちこちから聞こえるのだ。

 話は少しそれるが、これは大手の別の会社も同じ。運送会社同士が提携して、行先別や配達先別に、荷物を融通し合うことがある。広島に本社を置くひろごうは、西日本に拠点や配達網を整備しているが、埼玉県以北は自社の拠点がない。埼玉以北の荷物は、仙台に本社を置く宮城運送と提携していた。宮城運送の営業拠点もひろごうと同じく、言わば宮城県の治外法権。ひろごうから3軒西隣にある宮城運送名古屋営業所内は、宮城弁が社内公用語。名古屋営業所長同士の会話は広島弁と宮城弁、時々変な名古屋弁交じりで交わされ、通じてるのか通じていないのか、オレみたいなバイトの身では分からなかった。 

 運送会社の忙しさのピークは、早朝と、夕方から夜半までの2回だ。夜半から早朝にかけて、全国の拠点間を結ぶ「10トン車」と呼ばれる大型トラックの運行便が営業所に荷物を届ける。届けられた荷物を、名古屋市内の各方面に向けて仕分け、配達を担当するトラックの前に並べる。並べられた荷物を、手元の送り状と付き合わせ、個数を確認しながら配達用の「5トン車」と呼ばれる中型トラックに積み込む。

 朝の6時から7時ごろは、全国の拠点から到着した荷物の荷降ろしと、これから配達するトラックへの積み込み作業が混在し、営業所のトラックヤードは活気と広島弁の怒号にあふれる。1964年の東京五輪の開催に合わせて東名、名神の両高速道路が整備され、道路整備に便乗するように開設された名古屋営業所のトラックヤードは狭い。狭いヤード上に荷物が積み上がり、積み上がった荷物の合間を台車や二輪の台車「デッチ」が行き交う。

 夜通し運転してきた運行便ドライバーは早く荷物を降ろしてさっさと眠りにつきたい。配達ドライバーはさっさと荷物を積み込み、通勤渋滞が始まる前に、市内中心部にたどり着きたい。両ドライバーは、それぞれ必死なのだ。

 バイトのオレは、荷物の積み下ろしを手伝う。午前8時を過ぎた頃には、大型の運行トラックは全て引き払い、ドライバーは風呂場や仮眠室へと向かう。娯楽室でビールを飲み始めたドライバーもいる。8時半を回るころには、手際の悪い配達ドライバーが、荷台からあふれた荷物を前に「これ以上どうやって積みゃあええじゃろか……」と広島弁で頭を抱える。きっと昼飯の休憩までに配達を終えられず、夕方まで営業所に戻っては来られないだろう。

 トラックヤードには、まだいくつか小口の荷物が残っている。「1、2、3、4……」と数えていくと、10個以上は残っている。配送ドライバーが忘れたのではない。面倒くさくて残していったのだ。残されたのは、どれもこれも個人宛の宅配便だ。荷降ろしと積み込み作業の混乱で、段ボール箱の角はつぶれ、紙袋は台車にひかれて破れかかっている。「われもの注意」のシールが貼ってあるけど、大丈夫なのかなぁ。

 配達ドライバーの給料は固定給と歩合給に分かれる。固定給は年齢や勤続年数で決まる。歩合給は集配した荷物の数と重さ、新規で獲得した荷物、つまり荷物を送る「送り主」開拓に対する奨励金だ。バブル期とはいえ、新規の送り主開拓などそうそうないから、集荷と配達に力点を置く。1件当たりの個数が多い、大口荷物を集配する固定客を大事にし、1件1個の小口荷物の宅配便は敬遠された。

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