生産現場のロボット化と自動化を支援するウェブマガジン

2022.01.28

連載

[お嫌いですか、ロボットは?#42]「チッキ」を知るのは60代? チェキなら知ってるけどね(上)

きらびやかに輝く都会の片隅にたたずむ1軒の老舗バー「王道」。
システムインテグレーター(SIer、エスアイアー)の次長・たにがわじろう行きつけのバーで、酒を酌みながらふと思い出す昔ばなし。酔った勢いで、他では語られない業界の裏話はまさに実話? アブナイ話も所詮は酔っ払いの戯れ言。悪しからず。

■たにがわじろう……SIerの次長。機械商社で産業用ロボットを導入した自動化の経験を買われ、10年前に新設されたSIerにヘッドハントされる。入社以来ずっと次長のまま。52歳のバツイチ。

――― ――― ――― ――― ――― ―――

――いらっしゃいませ。
 マスター元気? いやあ、今夜も寒いね。今週もほんと、疲れたわ。

――たしかに、今夜も冷えますね。お疲れのようですが、大丈夫ですか?
 まぁね。新年からフルスロットルだからねぇ。ところでマスター、また「まん防」の張り紙? また9時までなの? まったく、いつまでやるのかねぇ、営業規制を。経営者のマスターには悪いけど、措置を出す知事連中には『ハイハイどうぞ』って感じだね。まん防の影響で、この1カ月でかいた大汗が、無駄にならなきゃいいけどさぁ。

――いつものでいいですか? ジャックソーダで。
 うん、頼むわ。レモンをぎゅっとしぼってね。えっと、今夜のおすすめは「シラスとカラスミのマリナーラ」かぁ。ところで、マリナーラって何? まあ、いいや。それ貰うわ。カラスミって、日本だけでなく台湾でも作ってるんだよね。そうそう、マスター知ってる? クロネコヤマトが飛行機を飛ばすんだってさ、ロゴ入りの。そういう時代になったんだねぇ。むかし学生のころ、運送会社でバイトした事あるけど、あれはひどかったもんなぁ。ヤマトや日通なんかの大手はしっかりしてたらしいけど、中堅以下の運送会社の荷扱いなんてとんでもなかったからね。ヤマトが始めた小口配送の「宅急便」が好調の波に乗ったのを受けて、「ウチも」「ウチも」と多くの会社が宅配業に進出した。けれど、20年もすれば淘汰が進み、今じゃひと握りの大手以外は撤退するか、看板を掲げたままでほとんど扱っていない、事実上の開店休業状態なんだよなぁ……………。



 むか~し、むかし。俺が生まれた今から半世紀前、つまり50年前までは、個人が荷物を送ろうとすれば、郵便局に荷物を持ち込んで送る「郵便小包」か、当時の国鉄、今のJRの鉄道を利用して送る鉄道の託送手荷物「チッキ」しかなかった。もちろん、俺がまだガキのころだから、自分で利用したことはない。

 郵便小包はその後「ゆうパック」に名を変えサービスも拡充したが、当時は重量が6kgまでの荷物しか送れず、ましてや自宅まで荷物を取りに来てくれる集荷さえなかった。郵便局はまだ郵政省傘下のお役所で、自分で荷物を郵便局に持ち込み、窓口で配送を「お願い」するものだった。

 鉄道で送る「チッキ」も似たようなもの。国鉄はその名の通り国有鉄道で、職員は公務員みたいなもの。駅員だって車掌だって、そりゃあもう偉そうな態度だった。郵便小包が6kgまでだったのに対し、チッキは30kgまで送れたが、梱包してヒモで縛り、駅の中でも比較的大きな「小荷物取り扱い駅」に持参して受け付けてもらう。ヒモで縛ってなかったりしたら、突き返されて受け付けてさえくれなかった。逆に、受取人は最寄りの小荷物取り扱い駅に出向き、荷物を受け取りに行かなければならなかった。

 「持参して……」と文字にすれば簡単に聞こえるが、想像してほしい。最大30kgの荷物を、どうやって駅まで運ぶのか? 30kgと言えば、2リットルのペットボトル15本分だ。最寄り駅まで自分で運び、電車に乗り継いで小荷物取り扱い駅まで運び、駅の窓口まで持参する。それを横柄な駅員に「お願い」して受け付けてもらうのだ。

 荷物の受取人は受取人で、差出人から「〇日に送った」との連絡を受けると、到着するであろう日を予想して小荷物取り扱い駅まで出向き、荷物を受け取り、最寄り駅まで自ら運び、駅から自宅まで、もちろん自分で運んでいた。「到着するであろう日」の予想を誤ると、翌日もしくは翌々日に出直しである。

 今じゃ考えられないが、50年ぐらい前の国鉄はたまにスト(ストライキ)をやったし、サービス業の意識のなかった駅員は、勤務時間しか働かない。夕方5時を過ぎたら、目の前に荷物が届いても、作業は翌日なんてザラだった。しかも、荷扱いはひどく、ヒモで梱包した荷物の箱は破れ、中身が壊れるなど「ごく普通の事」だった。

 そんな時代に、当時の大和運輸社長の小倉昌男が考えたのが「宅急便」だった。「集荷や配達に手間がかかる小口荷物より、大口の荷物を一度に運ぶ方が合理的」と考えた運送業界の常識を破り、「1kg当たりの単価が高い小口の荷物をたくさん扱えば収入が多くなる」と考え、宅急便を始めた。全国紙に広告を出したものの、サービス初日の取扱量は、わずか11個だったらしい。

 それでも「電話1本で集荷」「1個でも家庭まで集荷」「翌日配達」「運賃は安くて明瞭」「荷造りが簡単」のコンセプトが世間に認知されると、急速に取扱量が増えた。そりゃあそうだ。郵便局まで持ち込む必要も、横柄な駅員にお願いする必要もない。電話1本でドライバーが駆けつけて「ありがとうございました」と帽子を取って礼まで言ってくれるんだから。開始初年度の想定取扱量は20万個だったが、実際には170万個になった。

 この成功を横目に、日本最大の運送会社の日本通運が同様のサービスを開始し、売上高や貨物の取扱量で上位10社ぐらいの同業者が同様のサービスに参入。でも「宅急便」の名は大和運輸の登録商標で使えず、大和以外の会社は「宅配便」と名乗った。関東エリアを中心に百貨店の荷物を扱う中堅運送会社だった大和運輸は、宅急便で全国レベルにまで知名度を上げ、その後「ヤマト運輸」へと社名を変更した。

 50歳を超えた俺が覚えているのは、テレビCMで流れた「スキー宅急便」や「ゴルフ宅急便」のサービスが始まったころかなぁ。それまでの、スキーの板を担いだ大荷物でのスキー旅行や、ゴルフバッグを担いでゴルフコンペに出かける必要から解放されたんだ。スキー場やゴルフ場まで、荷物は宅急便が運んでくれる。もちろん、日通を始め多くの運送会社も追随した。どんなサービスでも「一歩前」を行くヤマトに、他社は叶わなかった。
 
 学生だった俺が、全国で十指に入る中堅運送会社でバイトを始めたのは、ヤマトがサービスを始めて15年ほどたった、1990年ごろかなぁ。営業所で荷物運びのバイトだった。バブル景気の真っ盛りでどこも人手不足。学生バイトの時給は900円以上がザラで、1500円を超える家庭教師になれないデキの悪い学生は、身体と有り余る体力を使ってより高い時給を目指した。もちろんデキの悪かったオレは、身体を使って時給1000円のバイト先を得た。それが、広島県合同貨物運送の名古屋営業所だったんだ。

――たにがわさん、ちょっ、ちょっと待ってください。話のオチは、まだまだずっと先ですよね。「まん防」で、ウチも午後9時までしか営業できないんです。先が聞きたいんですが、今夜はこの辺で。マリナーラもご用意しますので、続きはまた次回に聞かせてください。そろそろカンバンにします。


■この連載はフィクションです。実在する人物や企業とは一切関係ありません。

記事一覧:お嫌いですか、ロボットは?

関連記事:[お嫌いですか、ロボットは?#30] おおっ! 末は博士か大臣か? はたまた…
関連記事:[お嫌いですか、ロボットは?#31 ] 時刻表の使い方(上)
関連記事:[お嫌いですか、ロボットは?#31 ] 時刻表の使い方(下)
関連記事:[お嫌いですか、ロボットは?#32] ギャングとの攻防
関連記事:[お嫌いですか、ロボットは?#33] めざせビスポーク、ホンモノの領域へ
関連記事:[お嫌いですか、ロボットは?#34 ] 坊主も走る12月、ひと息つきたい
関連記事:[お嫌いですか、ロボットは?#35 ] パスタが何だ! ボロネーゼよりナポリタン
関連記事:[お嫌いですか、ロボットは?#36 ] 地震、雷、火事、…停電?
関連記事:[お嫌いですか、ロボットは?#37] デキる人ならどこからでも抜擢
関連記事:[お嫌いですか、ロボットは?#38 ] 謹賀新年2022
関連記事:[お嫌いですか、ロボットは?#39] おせちもいいけど……華麗にね
関連記事:[お嫌いですか、ロボットは?#40] おせっかいでもティーチング
関連記事:[お嫌いですか、ロボットは?#41]とにかく、いっぺん使ってみやぁ~せ

TOP