[お嫌いですか、ロボットは?#33] めざせビスポーク、ホンモノの領域へ
――いらっしゃいませ。
マスター元気? いやあ、今週も疲れたわ。
――おやおや、今夜はえらく古そうなスーツですね。オーダーでもされたんですか?
親父のお下がりでね。久しぶりに実家に顔を出したら、親父が「もったいないから着ないか?」って出してくれたんだ。定年退職の記念に作ったらしいんだけど、ここ20年ぐらい着る機会もないし、終活とやらを始めて身の回りの整理を進めていたらしい。先週は映画007の新作を観てきたんだけど、最近はピッチピチの細いスーツが多いじゃない。俺みたいに腹の出たオヤジには辛いのさ、上着もピッチピチでズボンの丈も短いのって。昼飯食べたらボタンが飛びそうだし、座るとすね毛が見えそうなズボンってさぁ。昔のスーツはいかにもクラシックで生地もガッチリしてて頑丈で、いかにも背広って感じがいいのさ。
――いつものでいいですか? ジャックソーダで。
うん、頼むわ。レモンをぎゅっとしぼってね。えっと、今夜のおすすめは「カリっとごぼう揚げスティック」かぁ。冬だねぇ。ゴボウの皮はこの親父のスーツとおんなじ色だね。スーツと言えば思い出すよ、同級生のテーラー、ハマヨシを。あいつはホント、うまく転身したよなぁ……………。
ハマヨシは俺の高校の同級生でね。繊維の町・一宮市で、当時で50年続くテーラーハマヨシの長男坊さ。町のテーラーは当時既に、量販店に押されて数も激減していた。高校を出て、家業を継ぐために服飾の専門学校に入ったけど1年で辞めて、関西の生地問屋に就職。26歳で突然「ミラノで仕立てを学ぶ」と言ってイタリアに渡った。
ミラノではいくつものテーラーで、掃除なんかの下働きから始め、裾上げや補修のピン打ちをやらせてもらい、接客でイタリア語を覚え、日本人の勤勉さ、父親譲りの生真面目さで仕事を学び、腕を上げていった。他とは全く違った着心地やシルエットで評判を呼び、現地の政治家や企業のトップ、アラブの富豪なんかからも指名がかかるほどになった。
10年ほど前だったかなぁ、帰国して大阪の船場の外れで、完全予約制の紳士服の仕立て店を開業したんだ。日本中の繊維が集まる町だからね。英国やイタリア、日本の最高の生地がそろう。洒落者や通の間で評判を呼び、知る人ぞ知る店として結構繁昌している。そんな時、ふと俺の所に連絡があってねぇ。「機械の仕事してるんだって? ちょっと知恵貸してもらえないか」って。
出張でイタリアに寄った時に会って以来だから20年ぶりだっけなぁ、会ったんだよ。今風のヒゲに、当たり前だけど洒落た格好しててねぇ。ラグビー部だった高校時代と変わらぬスポーツ体形で、おじさん体形でドブネズミ色スーツの俺と違って格好良かったよ。
相談内容ってのが、また洒落ててさ。「イタリアの、いやヨーロッパの服飾文化を日本にも広めたい」ってね。予約制の今の仕立て店は富裕層向けで、一部の人にしかスーツを作れない。もっと大勢の人、俺たちのようなおじさんではなく、若者に特に伝えたいんだって。
そのためには「スーツの量販店並みとまでは言わないけどできるだけ安く、ホンモノのスーツを提供できなきゃ」と言っていた。
ハマヨシの希望や夢のために、役に立つかどうかまでは分からないけど、昔の機械商社時代の客先を、いくつか見学させたんだ。仕立て店の繁忙期の合間を縫って、時間を見つけてね。服と同じかどうかは分からないけど、同じ「ものづくり」だろって。自動車や飛行機のエンジン部品の加工現場や、鋳造会社の鋳物工場とか、スマートフォンのカメラレンズの金型工場とかさ。半導体の工場も一緒に見学したんだ、防護服みたいなの着てさ。
ハマヨシは工場には場違いな格好してるから見学先では浮いた感じだったけど、熱心にメモを取りながらあれこれ質問するもんだから、見学先でもあれこれ資料を出してくれたり、普段は見られないような場所も特別に見せてもらえたりね。中には船場の仕立て店の客になった人もいたよ。現場に導入したロボットにも興味を示して、熱心に動きを見ていた。
そうこうするうちに、なぜか「たにがわ指名」の扱いで、ウチの一宮の営業所あてにロボットとかロボットの先に取り付けるエンドエフェクター、ロボットハンドの類いの注文が入るようになったんだ。「昔の客の誰かかな?」とは思っていたんだけど、数も知れてるから別に気にも止めなかった。