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2021.09.03

[お嫌いですか、ロボットは?#番外……いいえ。#27]海外からの「お取り寄せ」(下)

きらびやかに輝く都会の片隅にたたずむ1軒の老舗バー「王道」。
システムインテグレーター(SIer、エスアイアー)の次長・たにがわじろう行きつけのバーで、酒を酌みながらふと思い出す昔ばなし。酔った勢いで、他では語られない業界の裏話はまさに実話? アブナイ話も所詮は酔っ払いの戯れ言。悪しからず。

■たにがわじろう……SIerの次長。機械商社で産業用ロボットを導入した自動化の経験を買われ、10年前に新設されたSIerにヘッドハントされる。入社以来ずっと次長のまま。52歳のバツイチ。

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お客さま各位

「まん延防止等重点措置」を受け、8月8日から休業してきましたが、
「緊急事態宣言」を受け、8月27日から9月12日まで休業を継続いたします。
 9月13日からの営業再開を予定しておりますが、宣言の動向次第では休業期間を延長する可能性もあります。
 せっかく足をお運びいただきながら誠に申し訳ありません。 
 再開の折りには、引き続きご愛顧のほどよろしくお願いいたします。
                                  Bar王道 店主

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 何度来てもやっぱりダメかぁ……。ねぇマスター、いないのぉ!


――何ですか? たにがわさん。
 あれっ、マスターいたの? なんで? 店やってるの?

――休業中も、たまにはこうして店のようすを見に来てるんですよ。グラスも磨いてやらなきゃ、曇りが取れなくなっちゃうんで。
 えっ、でもボウタイ姿じゃん。

――当たり前ですよ。バーテンがジャージでカウンターの中に立っても、作業に身が入りません。さあさあたにがわさん、立ち話もなんですから中に入って。
 いいの、マスター?

――こんな姿を他人に見られちゃ、かえって誤解されますから。
 サンキュー! マスター。



――いつものでいいですか? ジャックソーダで。
 いいの? じゃあ、頼むわ。レモンをぎゅっとしぼってね。

――ただし、料理は作れませんよ。ナッツぐらいしかありませんから適当につまんで下さい。営業日ではないので、今夜は給仕しません。
 ありがとう、マスター。

――そういえば、何かの話の途中でしたよね。
 えっと、何だっけ? 日が経ちすぎて忘れたよ。そうそう、思い出した。三島ランチサービスの案件だったね。完熟プチトマトが自動化のネックたんだよなぁ……………。



 愛知県春日井市に本社を置く三島ランチサービスは、三島瑞穂社長と妻の洋子が起業し、後発ながら給食事業者として業容を拡大し、工場の自動化も進めていた。

 しかし、完全自動化とまではいかない。食材や調理した食品を扱う上でどうしても、自動化には向かない、ネックとなる工程もある。三島ランチの場合はプチトマトだった。

 起業後の忙しさ追われ、仕事一辺倒でたいした趣味もなかった夫婦の、唯一の趣味と呼べるものが、自宅マンションのベランダで始めた家庭菜園。中でも、育てるのが一番難しいとされるプチトマトの栽培だった。

 三島ランチの弁当では、ワンコイン以下に抑える厳しいコスト管理の中で、プチトマトだけは例外扱いにした。とかく茶色に偏りがちなおかずの中で、プチトマトは彩りを添えるだけでなく、デザートの意味も持たせたかったからだ。そのために、プチトマトは熟れ具合と味にこだわった。こだわったがために、三島社長が目指す工場の完全自動化を難しくした。

 完熟したプチトマトの皮は薄い。ロボットの先に付ける、エンドエフェクターと呼ばれる機器をいろいろ試したが、どれもしっくりこない。ロボットハンドでは、プチトマトをつぶしてしまう。吸盤が付いた吸着式のものは薄皮を破ってしまい、中には薄皮全てを吸い込み、プチトマトを丸裸にしてしまうものもあった。

 三島社長は、ロボットメーカーや商社、俺たちSIerに片っ端から声をかけ、最適なエンドエフェクター探しを頼んだ。そのうち大学の研究室にも顔を出し、日本中の研究室詣でをしたこともあった。

 妻の洋子専務に至っては、学生時代に得意だった語学力を生かし、インターネットで海外の大学や研究所の論文まで取り寄せ、読みあさり始めた。

 そのころ俺は、同僚の営業マンから「春日井の弁当屋がトマトで困ってるらしい」と聞かされ、「それじゃ」と三島ランチを訪ねた。時期はちょうど今ごろの残暑が厳しい時期で、駅前に開店して行列ができるほどの評判だった、スイスのアイスクリームを手土産にね。

 三島社長からは、これまでの失敗談を延々と聞かされたよ。とにかく、ありとあらゆる可能性を信じて、全て試したらしい。国内はもとより、ドイツやイタリア、スイスにまで足を延ばし、先進と言われた工場を視察し、そこで使われる自動化の仕組みやロボット、エンドエフェクターを見て回ったそうなんだ。世界中からかき集めたエンドエフェクターのサンプルは、軽く100種類を超えた。いわゆるお取り寄せってやつさ。

 「どれもだめでねぇ……」とため息をつかれ、俺も一緒に考えたよ。手土産に持参した、アイスクリームを食べながら。で、ふと何気に聞いてみたんだ、三島社長に。 

 「社長さぁ、プチトマトってのは、冷やしちゃいけないの? ほら、フレンチやイタリアンのデザートに、添え物として載ってることもあるよね」

 「???」

 「いや、だからさ、トマトを軽く凍らせたら、吸着式のエンドエフェクターでもつかめるんじゃないの?」

 「ちょっとごめん」

そう言って、三島社長はあわてて応接室から出て行った。
   
 そう、見事に当てちゃったんだ。もちろん、その後も試行錯誤は続いたらしいけど。米国の食品管理何とかのHACCP(ハサップ)にどう対応するかとか、いろいろ苦労もあったらしい。プチトマトはそもそも、甘みを増すために他の野菜よりも少し温度を下げて保存するので、弁当につめるためにわざわざ常温に戻していたらしい。

 保存温度を下げたまま弁当に詰めても、他のおかずの熱でゆっくりと解凍されるから、客が弁当箱を開けるころにはすっかり解凍され、少し冷気が残っているぐらい。むしろそのぐらいの方が、トマトの旨味も強調されるらしいんだ。

――凍らせるというのは、意外な発想の転換法でしたね。最適な機器を探すことにばかりに目が向きがちですものね。もう一杯どうですか? 今夜は営業ではないので、お代はいりません。


■この連載はフィクションです。実在する人物や企業とは一切関係ありません。

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