[お嫌いですか、ロボットは?#25]わたし、オオサカなんですけどね……
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お客さま各位
長らくお待たせいたしました。「緊急事態措置」が解除され、「まん延防止等重点措置」への移行を受け、6月21日(月)から営業を再開いたしました。
「まん防……」期間の7月11日(日)までの営業時間は午後8時まで、酒類のラストオーダーは午後7時までといたします。
よろしくお願いいたします。
Bar王道 店主
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――いらっしゃいませ。
マスター元気? いやあ、今週どころか、店が休業してたこの1カ月半ほどずっと疲れっぱなしだわ。
――休業中は何かとご迷惑をおかけしました。
もしかして、と期待して何度か見に来たんだよ。そのたびにがっかりさせられてさ。例のほら、裏手のビルの、看板を出してない、会員制の隠れ家割烹でたまにチビチビやったりしたんだけど、やっぱりマスターの店じゃないと。
――光栄ですね、ありがとうございます。私はずっと、ランチ営業中のいろんな店をはしごして、舌を肥やしていました。頑張っている若手の店で、料理のヒントをもらったり。
さすがマスター、熱心だね。てっきり休業補償をたんまりもらいながらのんびりしているのかと思ってたよ~ん。
――いつものでいいですか? ジャックソーダで。
うん、頼むわ。レモンをぎゅっとしぼってね。え~っと、今夜のおすすめは「タイ風焼きナスのサラダ」か。この時期に夏野菜を使うとは粋だねぇ、さすが職人。職人と言えば思い出すよ。職人の愚痴に耳を傾けながら、困り果てていた営業マンを。あの困りごとは今、解決したのかなぁ……………。
「わたし、オオサカなんですけどね……」
昼どきの定食屋でたまたま相席し、目が会った途端にこう話しかけられた。この店で出すサバのおいしさから始まり、前任地・北海道のシシャモのおいしさ、われわれが普段スーパーで目にするシシャモは「カペリン(カラフトシシャモ)」で、北海道の一部で年に2カ月間だけ食べられる「本シシャモ」とは全く別の魚であることまで、一方的に教えてくれた。
「オオサカ」が決して名前ではなく、出身地か住んでいる場所なことは、イントネーションと押しの強い話し方から分かった。そしてこの店のサバがおいしいのも。サバの方は、たまたま入った前回来店時に食べておいしかったので既に知っていたが。
「ええ」「そうですね」と適当に相づちを打つと、お互い一人飯なのをいい事に、オオサカさんはさらにしゃべり続ける。
「ウチの現場が3年前にロボットを入れましてね。こいつが使えんのですわ……」
聞けばオオサカさんの会社は、金属部品の加工会社らしい。オオサカさん自身はその会社の営業マンで、得意先から部品の加工を受注するのが仕事。せっかく注文を取っても、導入時に自慢だったロボット工場は、うまく機能しない。受注済みの部品加工も、設計や仕様の見直しが入るたびに、現場は上へ下への大騒ぎになると。
「寸法や形状をちょっと変えるぐらいなら、これまでなら現場の職人に言えば『ええよ』って、ふたつ返事で対応できた。ロボットやとそうはいかん。生産設備の担当者が飛んできて『プログラムの変更が…』とか『周辺設備の変更が…』と言い出して後回しにされる。あいつらホンマ、営業がどんな思いして注文を取ってきたのか、苦労が分からんのですわ」
「現場の職人も文句たらたらですわ。良かれと思って思いついたカイゼンをせっせとメモにして上に上げても『それをやると生産ライン全体の変更や見直しが必要で…』とか『周辺機器の変更が…』とか言い出して、話にならんと」
「まあね、人間同士でも思いや気持ちが伝わらないんだから、ロボット相手じゃもっと伝わりにくいんでしょうねぇ」
と、半ば強引に話にオチを付け、会話を締めてしまった。もっとも、会話と言ってもオオサカさんが一方的に話しただけで、オレは相づちぐらいしか打っていないけど。
コップの水を飲み干して「ほな、すんません。お先に失礼しますわ!」と言って席を立ち、会計を済ませ、オオサカさんは店を出て行った。
オオサカさんの現場の様子が、目に浮かぶように分かる。現状のロボットに不満を抱く中小企業の製造現場は意外に多い。ロボットを導入すると、製造ラインが硬直化して、生産品を変えづらくなるとの声だ。ちょっとした変更にも対応できず、変更後に生産を再開しても、生産が軌道に乗るまで時間がかかる。
大手メーカーの生産現場でも、かつては同じような声を聞いた。導入後に非効率な工程を見つけてカイゼンしようとするも、ロボットで自動化した工程の前後の、周辺装置を含めてラインを組んでいるから改善できないと。大手メーカーなら生産設備の担当者もたくさんいて、自社で解決できる。これが中小企業だと、そうはいかない。
ロボットの導入には、導入を前提にした事前の無駄取りこそが最重要なんだ。それをきちんと事前に説明して徹底できるか否かが、ロボット導入の成否を分けると言っても過言ではないんだよ。
――ロボットでも何でも、事前の準備が大事なんですね。一度始めてしまうと、修正ややり直しが難しくなる。たにがわさんのような専門家が重宝される理由も、分かる気がします。さあ、8時を過ぎましたんで、今夜はそろそろカンバンにしましょうか。
■この連載はフィクションです。実在する人物や企業とは一切関係ありません。
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