生産現場のロボット化と自動化を支援するウェブマガジン

2021.04.30

連載

[お嫌いですか、ロボットは?#21]紙も長い友達?

きらびやかに輝く都会の片隅にたたずむ1軒の老舗バー「王道」。
システムインテグレーター(SIer、エスアイアー)の次長・たにがわじろう行きつけのバーで、酒を酌みながらふと思い出す昔ばなし。酔った勢いで、他では語られない業界の裏話はまさに実話? アブナイ話も所詮は酔っ払いの戯れ言。悪しからず。

■たにがわじろう……SIerの次長。機械商社で産業用ロボットを導入した自動化の経験を買われ、10年前に新設されたSIerにヘッドハントされる。入社以来ずっと次長のまま。52歳のバツイチ。

――― ――― ――― ――― ―――

――いらっしゃいませ。
 マスター元気? いやあ、今週も疲れたわ。

――大型連休の谷間の今日もお仕事ですか?
 新年度が始まったばかりだからね。東京と大阪がコロナ禍の緊急事態宣言で仕事にならないから、名古屋のオレはおちおちと休んでられないよ。名古屋は「まん防」真っ最中だけど、今夜は8時で看板?

――ええ、一応は……。いつものでいいですか? ジャックソーダで。
 うん、頼むわ。レモンをぎゅっとしぼってね。今夜のおすすめは「夏野菜のコブサラダ」か。そうか、来週はもう立夏(りっか)だからね。コブと言えば思い出すよ、紙の専門商社「若尾」の案件を。身近なものが、あんなに扱いづらいとは思わなかったなぁ……………。


 若尾は、明治期の1899年に東京・京橋で洋紙店として創業した。1936年に株式会社若尾洋紙店として改組し、東京五輪が開かれた64年を機にロゴマーク「紙すき乙女」を商標登録し、株式会社若尾に商号変更した。印刷用紙やファンシーペーパーと呼ぶ特殊印刷用紙の販売や輸出入、これらの紙を使ったパッケージの企画開発などもやっている。

 戦後に千代田区に移転した本社のほか、大阪、名古屋、仙台、広島、福岡、札幌に支社を置き、板橋区や品川区に物流センターを持つ。上海やシンガポール、タイのバンコクにも拠点を置くなど、紙の商社としては手広くやっている方だ。

 オレが呼ばれたのは8年、いや9年前だっけなぁ。リーマン・ショックや東日本大震災後のゴタゴタが落ち着き、景気が上向きつつあったころさ。米国での留学を経て、大手の製紙会社で「外飯」を食っていた今の6代目社長、若尾武が経営企画室長として30歳で入社して、2年が経とうとしたころだった。

 板橋区高島平の物流センターの一角でやっていた、印刷や企画業務を効率化したいとの意向だった。都営地下鉄の高島平駅からタクシーで10分。住宅に取り囲まれたようなセンターでね。年寄りばかりが目立つ町にあったよ。

 さすが紙屋さんだね。倉庫には、いろんな色の紙質や厚み、コーティングが違う、ありとあらゆる種類の紙が保管されていた。倉庫の建屋こそ古さを感じさせるけれども、空調が行き届き、照明も一定の明るさが保たれている。質感の違いが分かるように工夫されていた。

 センターでは紙の裁断や印刷、包装用パッケージへの加工、配送業務なんかを一括してやっていた。経営企画室長の若尾武としては、高島平のセンター業務の効率化を手始めに、品川のセンターと、国内各地の支店に併設された倉庫での業務を効率化したいとの意向だった。当時の5代目社長に手腕を認めてもらいたかったのさ。武室長の鼻息も荒かった。

 ただね、紙って扱いが難しんだ。この件で実感したよ。紙を扱う社員はそれだけで「職人」と言っていい。例えば紙を運ぼうとするよね。事務所で使うコピー用紙のように、500枚とか1000枚ごとに包装されているんだけど、業務用はその大きさが違う。1m以上の幅の紙の四隅を、ぴたっと揃えて積み上げるだけで大変な作業なんだ。しかも、ある程度の厚みがあっても、ぐにゃぐにゃとたわむしね。

 それを台車やトラックの荷台に積むために、ずれないようあらかじめ幅60cmぐらいのラップを巻きつける。後で説明するけど、水濡れや湿度を急変させない予防効果もあるんだ。ラップは伸び縮みするから、少し引っ張りながら巻くとぎゅっと締まる。ラップ作業で手を抜くと、移動中やトラックの走行中に紙の山が崩れてしまう。崩れるだけならまだしも、包装が破れようものなら、走行中に道路に紙をばら撒く事にもなるんだ。

 印刷する場合も、印刷機に紙を自動で送るフィーダーは、いろんな形がある。紙を一枚一枚、確実に印刷機に送るためには、紙の種類や固有のくせに合わせ、細かな調整が必要なんだ。できるだけ水平になるようフィーダーにセットする。紙の厚みによっても性質が変わるから、このセット作業だけでも大変さ。

TOP