[お嫌いですか、ロボットは?#18]桜花爛漫、新たな道を
――いらっしゃいませ。
マスター元気? いやあ、今週も疲れたわ。
――今日は随分遅い時間ですね?
今夜は送別会でね。ウチの若い衆の1人が「家業を継ぐ」って、3月いっぱいで辞めるんだ。「カラオケ行くぞ!」って盛り上がってたから、抜けてきた。おっさんが長居してたら若い衆らは愚痴も言えないでしょ。おっさんはおっさんなりに、気を使ったんだよ。
――いつものでいいですか? ジャックソーダで。
うん、頼むわ。レモンをぎゅっとしぼってね。今夜のおすすめは「スペイン産ハモンセラーノ」か、生ハムだね。でも今日は送別会で食べてきたから、ナッツかオリーブでももらうわ。スペインか、そういえばヤツも旅行で行ったって言ってたなぁ……………。
ヤツ、矢田部寛隆は9年前の5月に、面接にやってきた。俺が今の会社に移って1年たったころで、初めて採用した部下だった。俺が採用したわけじゃないよ。「少なくとも悪事に手を染める奴じゃなさそう」って部長が決めたんだ。
大学を出る時が東日本大震災直後の不況で就職先が見つからず、カラオケ店や本屋、サウナの深夜バイトなんかを掛け持ちして生計を立てていた。店のカウンターにあった求人情報誌でウチの求人を見て「そろそろ就職しなきゃなぁ」と応募してきたらしい。
そもそもSIerがどんな仕事なのか、何も知らないまま応募してきた。そもそも職歴のないフリーターだから「SIerとしての仕事をどう教えるか」どころか、あいさつや電話の取り方、名刺の渡し方など、サラリーマンの所作を一から教えなきゃならなかった。そう、俺が教育係さ。
しばらくは俺が行く先々に連れて回り、半年後ぐらいから独り立ちさせた。「大丈夫かな?」と思ったけどね。要領がよく飲み込みが早い訳じゃ決してなかったけど、生真面目だから手は抜かなかった。そのうちに客からも、信用だけはされてきた。「少なくとも悪事に手を……」との部長に見立ては、見事に当たってた。
大きな商談をまとめたとか、驚くような自動化の提案をぶち上げたとか、派手な実績はない、今日までね。でもさ、面倒くさい案件、俺たち手練れなら見向きもしないような地味な案件を、ひとつひとつ手を抜かず、文句も言わずに黙々とやるんだ。